世界の日付はどこで変わる?日付変更線と子午線・標準時の仕組み

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丸い地球上で、世界の日付はどこで切り替わるのでしょうか?

日付変更線を越える旅では、今日がもう一度訪れたり、一日先へ進んだりしますよね。

その不思議を入り口に、経度0度となる子午線や標準時、日本の時刻、カレンダーの共有へとつながる世界規模の仕組みをひもといてみました。

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日付変更線とは?どこにある?

日付変更線は地球上の日付を切り替える境界

日付変更線とは、丸い地球上で日付を区切り、今日と明日を切り替えるための境界です。英語では「International Date Line」と呼ばれ、おもに太平洋上の経度180度付近を通っています。

地図では一本の折れ曲がった線として描かれますが、海面や地面に実体のある線が引かれているわけではありません。国や地域が採用している日付と標準時の境目を地図上でつないだものと考えると、イメージしやすいでしょう。

日付変更線を挟んだ両側では、時刻そのものは数時間しか違わない場所でも、カレンダーの日付が一日異なることがあります。

たとえば、日付変更線の西側が「1月2日」であれば、東側はまだ「1月1日」という場合があります。同じ地球上に今日と昨日が同時に存在しているように見えるのは、世界のどこかで日付を切り替える仕組みが設けられているためです。

日付変更線がなかったらどうなる?

地球は西から東へ向かって自転しているため、太陽が南中する時刻は経度によって異なります。東へ進むほど太陽が早く昇り、西へ進むほど遅く昇ることから、地域ごとに時刻の差が生まれます。

地球は一周、経度360度を約24時間で一回転すると考えると、経度15度ごとにおよそ1時間の時差が生じる計算になります。この時差をたどりながら世界を一周すると、出発地へ戻ったときに現地の日付と自分が数えてきた日付が一日ずれてしまいます。

日付変更線がなければ、次のような食い違いが生じかねません。

  • 東回りで世界を一周すると、自分が数えた日付が一日進む
  • 西回りで世界を一周すると、自分が数えた日付が一日遅れる
  • 同じ場所に戻った人同士でカレンダーの日付が一致しなくなる
  • 航海や貿易、通信などで日程を共有しにくくなる

そこで、地球上のどこかに日付を調整する境界を置き、東西どちらへ越えたかによって一日を足したり引いたりする仕組みが必要になりました。

有名な例が、16世紀に行われたマゼラン艦隊の世界周航です。艦隊は西回りで地球を一周し、帰還した際、自分たちが記録していた日付が現地より一日遅れていることに気づいたと伝えられています。

航海中も毎日を数えていたにもかかわらず一日の差が生じたのは、太陽の動きを追うように西へ進み続けたためでした。こうした航海の経験も、地球を一周すると日付の調整が必要になることを人々が理解するきっかけになったと考えられています。

日付変更線はいつ定められた?

日付変更線には「この年に、現在の形がまとめて定められた」と言い切れる一つの成立年があるわけではありません。

航海が盛んになるにつれて、船乗りたちは太平洋のどこかで日付を変える慣習を用いるようになりました。ただし、国ごとに経度を測る基準が異なっていた時代には、日付の境目にも統一された考え方があったわけではありません。

大きな節目となったのが、1884年の国際子午線会議です。この会議でグリニッジを通る子午線が経度0度の基準とされ、その反対側にあたる180度経線付近が、日付を切り替える場所として広く定着していきました。

ただし、現在の曲がった日付変更線まで会議で一括して決められたわけではありません。航海の慣習や国際的な経度の基準、各国の事情や選択が重なって現在の形になったのです。

主に太平洋上の180度経線付近を通る

日付変更線がおもに太平洋上を通るのは、180度経線付近に広い海域があるためです。
仮に日付変更線が人口の多い大陸を縦断すると、同じ国の中で町によって日付が違うという状況が生じます。行政手続きや学校、交通、商取引などにも影響するでしょう。

一方、太平洋の中央部は大西洋やユーラシア大陸周辺に比べて陸地が少なく、日付の境界を置きやすい場所です。

180度経線は、経度0度の本初子午線から地球を半周した反対側にあります。そのため、経度と時刻を東西へ数えていったとき、日付を調整する位置としても自然な場所でした。

ただし、日付変更線と180度経線は同じものではありません。

  • 180度経線:北極と南極を結ぶ地理上の子午線
  • 日付変更線:国や地域が採用する日付の境界

180度経線は地理上の基準となる線ですが、日付変更線は人々の暮らしや国の判断に合わせて位置が変わることがあります。

日付変更線が国や島に応じて曲がっている理由

世界地図を見ると、日付変更線は180度経線に沿った直線ではなく、何度も東西へ折れ曲がっています。
その大きな理由は、一つの国や島々を二つの日付に分けないためです。

同じ国の西側が月曜日、東側が火曜日となれば、役所や企業、学校の予定を合わせるのが難しくなります。島々の間を日常的に移動する国では、船や飛行機の運航日、商店の営業日、電話やオンライン会議の日程などにも食い違いが生じるでしょう。

また、どちら側の日付を採用するかは、地理的な位置だけでなく、経済や文化のつながりにも左右されます。
貿易相手や仕事上の連絡先がアジア・オセアニアに多い国であれば、その地域と同じ曜日を共有したほうが予定を合わせやすくなります。反対に、アメリカ大陸との関係が深ければ、日付変更線の東側の日付を選ぶ場合もあります。

日付変更線の曲がり方には、単なる地図上の都合だけでなく、人々がどの地域と同じ一週間を過ごしたいのかという選択も表れているのです。
2つの国の例をみていきましょう。

キリバスが日付変更線を大きく変えた理由

太平洋の島国キリバスは、広い海域に三つの島々が分散しています。かつては日付変更線が国土の間を通っていたため、同じ国でありながら西側と東側で日付が異なっていました。

そこで国内の日付を統一するため、1994年末に東側の島々の標準時を24時間進め、1995年から国全体を日付変更線の西側の日付にそろえました。

これにより、ライン諸島のキリスィマスィ島はUTC+14を採用するようになり、世界でも早い時間帯に新しい日付を迎える有人地域の一つとなりました。キリバスの公式観光情報も、1995年の変更によってキリスィマスィ島が日付変更線の西側になったと紹介しています。

変更前は、首都のあるギルバート諸島が平日でも、東側のライン諸島は前日という状況がありました。国全体の日付をそろえることで、行政や商取引、国内連絡の日程を合わせやすくなったと考えられます。

現在、キリバスではUTC+12、UTC+13、UTC+14という三つの標準時が使われていますが、日付はいずれも日付変更線の西側として数えられます。

UTCは、世界の時刻を比べる基準となる「協定世界時」を表す、原子時計を基準とした国際的な標準時刻の尺度です。UTC+14は、UTCより14時間先の時刻を表し、UTCが午前0時ならUTC+14の地域では午後2時です。

サモアが12月30日を飛ばした背景

南太平洋のサモアも、2011年に日付の側を変更しました。
2011年12月29日の次の日を12月31日とし、12月30日をカレンダーから飛ばしました。それは、主要な取引国と日付をそろえるため時計を24時間進め、日付変更線の東側の日付から西側の日付へ移ったためです。

サモアはかつてアメリカとの貿易関係を重視し、日付変更線の東側の日付を採用していました。しかし、その後はオーストラリアやニュージーランドなどとの経済的な結びつきが強まりました。
日付が一日違うと共通する営業日が少なくなるため、主要な取引先と曜日をそろえたのです。

なお、近くにあるアメリカ領サモアは日付変更線の東側に残りました。そのため、サモアとアメリカ領サモアは距離が近いにもかかわらず、日付が一日異なる地域となっています。

日付変更線と日付の関係

日付変更線を越える旅の日付はどうなる?

飛行機や船で日付変更線を越えるときは、進む方向によってカレンダーを一日進めるか、一日戻します。基本のルールは次のとおりです。

  • 東から西へ越える:日付を一日進める
  • 西から東へ越える:日付を一日戻す

「東西のどちらが一日進むのか分からなくなる」という方は、アジア側のほうがアメリカ側より先の日付を過ごしていると覚えると整理しやすいでしょう。

東から西へ越えたら日付を1日進める

日付変更線を東から西へ越える場合は、日付を一日進めます。

地図上では、おもにアメリカ大陸側からアジア・オセアニア側へ向かう移動を指します。

たとえば、アメリカ側で5月1日を過ごしているときに日付変更線を西へ越えると、カレンダーは5月2日になります。5月1日の次に同じ日の夜が続くのではなく、一日先の日付へ移るわけです。

「西へ進むと一日を足す」と覚えてもよいでしょう。

西から東へ越えたら日付を1日戻す

日付変更線を西から東へ越える場合は、日付を一日戻します。

地図上では、おもにアジア・オセアニア側からアメリカ大陸側へ向かう移動を指します。

たとえば、日本からハワイへ向かう飛行機では、西から東へ日付変更線を越えます。日本を5月2日に出発しても、ハワイには現地時間の5月1日や5月2日の早い時刻に到着することがあります。

出発日と同じ日をもう一度迎えたように見えたり、出発した時刻より前の時刻に到着したように見えたりするのは、飛行時間に加えて時差と日付の変更が反映されるためです。

飛行機ではいつ日付を変える?

飛行機で日付変更線を越える場合、乗客が線を越えた瞬間に腕時計やスマートフォンの日付を変えなければならない、という決まりがあるわけではありません。

航空券や予約画面に記載される出発時刻と到着時刻は、通常、それぞれの空港がある地域の現地時刻で示されます。
たとえば、日本を「7月10日午後8時」に出発し、ハワイへ「7月10日午前8時」に到着すると表示されていた場合、到着時刻はハワイの現地時刻です。

表示だけを見ると、出発より12時間前に着いたように感じられますが、実際には飛行時間があり、日付変更線を西から東へ越えて日付を戻し、さらに日本とハワイの時差が加わっています。

旅行中に時計を合わせる時期としては、次のような方法があります。

  • 搭乗後に到着地の時刻へ変更する
  • 機内案内に合わせて変更する
  • 到着してから現地時刻へ合わせる
  • スマートフォンの自動設定を利用する

長距離便では、機内の照明や食事の時間が到着地の生活時間を意識して組まれることもあります。ただし、航空会社や路線によって運用は異なるため、旅程を確認するときは出発地と到着地の現地時刻を分けて見ることが大切です。

航空券の到着日には「+1」や「-1」に相当する表示が付く場合もあります。予約時には、到着する日付だけでなく、宿泊予約や空港からの移動日も一緒に確認しておきましょう。

同じ日を二度過ごしたように見えるワケとは

西から東へ日付変更線を越えると、日付を一日戻します。そのため、旅先で同じ日付をもう一度迎えたように見えることがあります。

たとえば、誕生日に日本からハワイへ移動すると、到着後も再び誕生日の日付を過ごせる場合があります。ただし、一日が長くなったのではなく、移動先の現地日付に切り替わった結果です。

反対に、東から西へ越えると日付を一日進めるため、一日を飛び越えたように見えます。

移動方向 日付の扱い 旅先での見え方
東から西 一日進める 一日を飛び越えたように見える
西から東 一日戻す 同じ日を二度過ごすように見える

日付変更線を越える旅では、飛行時間だけでなく移動方向をを考えると、出発日と到着日の関係を理解しやすくなりますよ。

世界で一日が最も早く始まる場所と遅く終わる場所

UTCは、世界の時刻を比べる際の基準となる「協定世界時」を表します。

UTC+14はUTCより14時間先に進んでいるため、世界で最も早く新しい日付を迎える時間帯となります。
それに該当する有人地域の一つには、キリバスのライン諸島にあるキリスィマスィ島などが挙げられます。

一方、世界で一日が最も遅く終わる時間帯は、UTC-11が挙げられUTC+14より25時間遅いことを表します。
それに該当する有人地域や国には、アメリカ領サモア、ニウエなどが挙げられます。

ベーカー島とハウランド島はUTC-12に位置づけられることがありますが、常住者はいません。
UTC+14とUTC-12の差は26時間です。同じ瞬間に、一方では月曜日の午後、もう一方ではまだ日曜日ということもあります。

ただし、これは地球上の時間が26時間ずれているという意味ではありません。カレンダーの日付と標準時の組み合わせによって、表示上の差が26時間になるのです。

日付変更線・本初子午線・標準時子午線の違いと日本標準時

子午線は北極と南極を結ぶ経度の線

子午線とは、地球上の北極と南極を結ぶ南北方向の線で、経線(けいせん)とも呼ばれ、地球上の東西の位置を示す経度の基準として用いられます。
地球儀や世界地図を見ると、北極と南極へ向かって縦に伸びる線が描かれており、これらが子午線です。

子午線は地球上に無数に考えられますが、経度を数字で表すには、どこか一つを0度とする必要があり、その基準となるのが本初子午線(ほんしょしごせん)です。
本初子午線から東へ測った位置を東経(とうけい)、西へ測った位置を西経(せいけい)と呼び、それぞれ180度まで数えます。

なお、「子午」という言葉は、十二支で方角を表したことに由来します。「子」は北、「午」は南を示すため、北と南を結ぶ線が子午線と呼ばれるようになりました。

緯度・経度および協定世界時に関しましては、関連記事「なぜ『1時間は60分』で『1分は60秒』?現在の時間や1秒に至る変遷」もあわせてご覧ください。

本初子午線・日付変更線・標準時子午線の違い

本初子午線、日付変更線、標準時子午線はいずれも経度や時刻に関わりますが、役割は異なります。違いを整理しておきましょう。

経度・場所 主な役割
本初子午線 経度0度・イギリスのグリニッジ付近 世界の経度を東西へ測る出発点。世界時を考える基準にもなった
日付変更線 おもに太平洋上の180度経線付近 越える方向に応じて日付を一日進めたり戻したりする境界
標準時子午線 国や地域が選んだ基準経度 その国や地域で共通して使う標準時の目安。
日本は東経135度で、明石市などを通る

三つの線の関係を簡単に表すと、次のようになります。

  • 本初子午線は「経度をどこから数えるか」を示す
  • 標準時子午線は「各地で何時を使うか」を示す
  • 日付変更線は「どこで日付を変えるか」を示す

本初子午線と標準時子午線は子午線そのものですが、日付変更線は180度経線と重なる部分がありながらも、国や島を避けて折れ曲がる日付の境界です。

本初子午線は経度と世界時の基準

現在広く知られている本初子午線は、イギリス・ロンドン郊外のグリニッジにある旧王立天文台を通る子午線をもとにしています。

19世紀までは、国や天文台ごとに異なる本初子午線が使われていましたが、鉄道や船舶、国際通信が広がるにつれ、地図や時刻の基準をそろえる必要性が高まります。

1884年の国際子午線会議では、グリニッジを通る子午線を世界共通の経度0度とする案が採択されました。当時、多くの海図でグリニッジを基準とする経度が使われていたことも選定の背景にあります。

本初子午線を基準に、経度は東経180度と西経180度まで測られます。その反対側にあたる180度付近が、日付を調整する境界になりました。

ただし、現在の測地学で用いられる基準子午線は、旧王立天文台の地面に示された線とわずかに位置が異なります。一般的な地理や歴史の説明ではグリニッジ子午線を本初子午線として扱いますが、測位技術では地球全体の観測に基づく基準が使われています。

標準時子午線は各地の時刻を定める目安

太陽の位置に合わせて時刻を決めると、経度が異なる町ごとに時刻も少しずつ変わります。

かつては、それぞれの地域で太陽が最も高く昇るころを正午とする地方時が使われていましたが、鉄道で離れた町を結び、同じ時刻表を使うようになると、町ごとに時計が違う状態は扱いにくくなります。

そこで、国や広い地域ごとに共通の時刻を使う標準時が整えられていきました。

標準時子午線は、その標準時を考える際の目安となる子午線です。地球は24時間で360度回転するため、経度15度でおよそ1時間の差になります。
このため、標準時子午線には15度の倍数となる経度が選ばれることが多くあります。

ただし、すべての国が経度だけで標準時を決めているわけではありません。
国境や国内の結びつき、周辺国との経済関係などを踏まえ、地理上の位置とは異なる時間帯を採用する国もあります。標準時は自然現象だけで決まるものではなく、人々が社会生活のために選んだ時刻でもあるのです。

日本標準時と東経135度

日本で現在使われている標準時は、日本標準時と呼ばれ、協定世界時より9時間進んでいるため、「UTC+9」と表されます。
また、日本の標準時子午線は東経135度で、明石市などを通過しています。

1886年、明治政府は東経135度の地方時を日本の標準時とすることを定め、1888年1月1日から使用されました。

東経135度が選ばれた理由として、次の点が挙げられます。

  • 経度15度ごとに1時間の時差を設ける考え方に合う
  • 東経135度はグリニッジより9時間進んだ位置にある
  • 日本列島のおおよそ中央付近を通っている
  • 全国で一つの標準時を使いやすい位置だった

東経135度は、兵庫県明石市だけを通る線ではありません。明石市立天文科学館によると、京都府、兵庫県、和歌山県にまたがる12市を通っています。

それでも明石が「日本標準時のまち」として広く知られているのは、早くから子午線標識を建て、天文科学館などを通じて時と子午線を伝えてきた歴史があるためです。

日本標準時はどこでつくられ、どう届けられる?

日本標準時は、標準時子午線が通る明石市でつくられているわけではありません。

日本標準時を決定・維持しているのは、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)です。NICTでは複数の原子時計を運用し、その時刻をもとに日本標準時を生成しています。
そして日本標準時は、標準電波JJYやインターネットを利用した時刻配信などを通じて届けられます。

標準電波JJYは、電波時計が時刻を合わせる際に受信している電波でもあり、NICTが維持する標準周波数と日本標準時を全国へ供給するためのものなのです。
長波の標準電波は、次の2か所から送信されています。

  • 福島局:福島県のおおたかどや山標準電波送信所:40kHz
  • 九州局:福岡県と佐賀県の県境付近にあるはがね山標準電波送信所:60kHz

二つの異なる周波数を使うことで、国内の広い範囲へ標準電波を届けています。

電波時計は標準電波に含まれる時刻情報を受け取り、時計の表示を調整しますが、建物の構造や周囲の電波環境、時間帯などによって受信状況が変わることがあります。

※これらの詳細に関しましては、関連記事「電波時計の時刻がずれるのはなぜ?しくみや対策とアプリ利用も」をご参照ください。

明石が「時のまち」と呼ばれる理由

兵庫県明石市は、東経135度子午線が通る代表的な都市として知られています。
東経135度はほかの市も通っていますが、明石では明治時代から子午線の位置を示す取り組みが行われてきました。

明石市立天文科学館によると、明石では1910年に日本で初めて子午線標識が建てられました。その後、観測技術の変化や再測量を経て標識の位置が見直され、現在も市内には子午線を示す標識やモニュメントが残されています。

明石を象徴する施設が、明石市立天文科学館です。
天文科学館は東経135度日本標準時子午線上に建ち、「時と宇宙」をテーマとする博物館として1960年6月10日の時の記念日に開館しました。

明石が「時のまち」と呼ばれる背景には、次のような歩みがあります。

  • 東経135度子午線が市内を通っている
  • 1910年に子午線標識が建てられた
  • 市内各所に子午線を示す標識やモニュメントがある
  • 標準時子午線上に明石市立天文科学館が建つ
  • 時の記念日や天文に関する展示を通じて時の文化を伝えている

明石は日本標準時の基準となる子午線が通る町であり、時と子午線の歴史を伝えてきた場所です。一方、日本標準時の生成と維持はNICTが担っています。

この違いを知ると、明石が単に「日本の時計を動かす町」なのではなく、目には見えない標準時子午線を町の歴史や文化として伝えてきた場所であることが見えてくることでしょう。

同じカレンダーと時計を共有できるということ

私たちは普段、カレンダーに書かれた日付や時計の時刻を、特別に意識することなく使っています。
けれども、地球は丸く、自転しているため太陽が昇る時刻は場所ごとに異なり、自然のままでは世界中が同じ時刻や日付を使うことはできません。

そこで人々は、

  • 経度を測る出発点として本初子午線を設ける
  • 国や地域ごとに標準時を定める
  • 180度反対側の日付変更線で日付を調整する
  • 国境や島々の暮らしに合わせて時間帯を選ぶ

といった仕組みをつくってきました。

本初子午線、標準時子午線、日付変更線は、地図に描かれる線であると同時に、世界の人々が同じ日程を伝え合うための約束でもあります。

飛行機の出発日、海外との会議、スポーツ中継、新年の知らせ、スマートフォンの時刻表示など、世界の時間を結ぶ場面は身近な暮らしの中にもあります。

日本で日曜日の夜を過ごしているとき、別の場所ではまだ日曜日の朝であり、日付変更線の向こうでは土曜日ということもあるでしょう。

同じ瞬間に異なる日付を過ごしながら、それでも世界の人々が予定を共有できるのは、経度・標準時・日付変更線という仕組みがつながっているからなのだと知ると、日々の暮らしは何事も当たり前ではないことであふれているように感じませんか?

まとめ

日付変更線とは、丸い地球上で日付を区切り、今日と明日を切り替えるための境界です。地球を一周したときに生じる日付の食い違いを調整し、世界でカレンダーを共有する役割を担っています。

今回の要点を振り返ってみましょう。

  • 日付変更線はおもに太平洋上の180度経線付近を通り、国や地域が採用する日付の境界
  • 日付変更線がなければ、地球一周で日付の数え方に一日のずれが生じる
  • 現在の形は本初子午線の設定と航海の慣習や各国の選択を経て形づくられた
  • 国や島を二つの日付に分けないよう、日付変更線は曲がっている
  • 東から西へ越えると日付を一日進め、西から東へ越えると一日戻す
  • 最も早い標準時はUTC+14、最も遅い標準時はUTC-12である
  • 本初子午線は経度の出発点0度で、その東が東経・西が西経、標準時子午線は地域の時刻の目安、日付変更線は日付の境界と役割が異なる
  • 日本の標準時子午線は東経135度で、明石市などを通る
  • 日本標準時はNICTが決定・維持し、標準電波JJYなどを通じて届けられる

地球上の一日は、太陽が昇って沈むという自然の巡りだけで区切られているわけではありません。

人々は丸い地球の上で時刻と日付を伝え合うために、子午線を基準に世界を結び、太平洋の上でカレンダーを切り替える仕組みを整えてきました。

日付変更線を越える旅で起こる不思議も、明石を通る東経135度も、毎日見ている時計やカレンダーも、すべて同じ世界の時間の仕組みにつながっています。

いつもの日付を少し広い視点から眺めてみると、私たちが同じ一日を共有できる背景には、長い航海の歴史と世界各地の暮らしが重なっていること、古代からの智慧が活かされていることに気づかされる、豊かなひとときを過ごせるのではないでしょうか。

 

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